未訳本『ナンパの技術』 まとめ モテキャラ9 スター

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I wanna be your pop star 君をもっと夢中にさせてあげるからね

どうもEdです。

我々も道行く女子を夢中にしてギュッと抱きしめて魔法をかけた上でがっつりセックスしたいところですね。

モテるキャラクター解説もコレで最終回です。

 

では、他人を魅了するスターとはどんな人物なんでしょうか?

 

まず例にあげられているのが、ドイツ出身の女優、

マレーネ ディートリッヒさん。

ミュージカル女優だったのが、フォン スタンバーグ監督の映画に抜擢され、

一躍世界的なスターになります。

彼女をスターダムに押し上げたのは、

その美貌と歌声もさることながら、

冷たさを感じる外見、意志を感じない表情、

そして、自分を物体として認識し、

どの角度でどういうポーズをすればどういう風にみえるか?

の研究を欠かさなかった、自分自身と自分の視線との距離感によるものだ、

と、著者ロバートグリーンは指摘します。

 

彼女のファンは、あたかも我々が仏像と向き合って内省するように、

彼女の冷たい外見に自分の思いや考えを重ね合わせたといいます。

そう、スターとは神話の存在。

地上では、大理石や金属で作られた偶像に過ぎないものが、

人々のイマジネーションの中で活き活きと物語をつづるのです。

 

なんかアレですね。文章を見る限りだと、

日本人で言えば綾瀬はるかさんなんてこんな感じですよね。

大理石みたいな色白で、スタイルもよくて、

表情だって決して喜怒哀楽がはっきり出るタイプではないし、

バラエティとかで見ると、自分を出すっていうよりぼーっとした感じだし。

だから、世のOLさんたちは自分を重ね合わせやすいんじゃないでしょうか。

 

 

では、次の例はジョン・F・ケネディ。

言わずと知れたアメリカ大統領ですね。

彼は若くイケメンで、TV映りの良さで選挙戦を勝ち抜いた、

とも言われています。

実際に、彼の父はハリウッドで働いていて、

彼自身も映画産業からいろいろと学んだそうです。

TV映りはもちろんのこと、

彼は政治を、一種の映画、神話にしてしまったのです。

建国200年足らずの若い国、アメリカを、

今は老害どもが支配している。

アメリカのアイデンティティは、

若さゆえの冒険心、開拓者精神、正義感であるはずだ、

と、大衆に訴えました。

そしてそれは、

当時の多くのアメリカの若者が抱えていた上の世代への反発を、

彼が代弁し、そして正当化するものだったのです。

ケネディが参考にしていたのはジェームスディーン。

『理由なき反抗』のジェームスディーンですね。

従順じゃない方がかっこよくて出世できるんだから、いい時代だよなぁ。

 

社会には老若男女いろいろな人々がいるので、

その全員に好かれるように振る舞うのは不可能です。

しかし、神話のキャラクターのように、

一人の人間としての自分を出さず、

一種の類型として大きな物語の登場人物になってしまえば、

あとは見てる人が勝手に自分を重ね合わせて、応援してくれるようになるのです。

 

これについては、ケネディ大統領閣下には大変申し訳ないんだけど、

日本でいうところの田母神閣下なんてこういうノリじゃないかな?と思うんだよね。

ある種の人たちにとっては、

国を愛し国を護るために働き続けていながら、その愛ゆえに職を追われ、しかしなお戦い続ける閣下の姿はね、

運命に抗い続ける悲劇の英雄の姿をみるのでしょう。

 

 

では、こうしたスターになるためにはどうすればいいのでしょうか?

 

まず大切なのが、現実感・生活感を出さないこと。

神話や夢の世界、映画の世界は、

リアルでありながらありえないことが起こる世界です。

神話の世界の住人になりたければ、

どこか非現実的な雰囲気を残さなければいけません。

 

それから、自分自身を出さないこと。

大理石の彫刻のように佇んでいれば、

あとは相手が勝手に感情移入してくれます。

人々はスターに自分自身を重ねるのです。

自分自身を愛さない人はいないので、

スターは誰にでも愛されるのです。

 

それから、

大衆に紛れてしまうようでは、スターの才能はありません。

彫刻のように、モノとして美しい人間であればベストなんですが、

たとえば立ち方、話し方、癖、なんでもいいので、

自分を特徴づけるような何か一つがないといけません。

Wikiみたら田母神閣下も「田母神節」なんて言われてんのね。

 

最後に、自分と自分を見る目との間に、一定の距離をもつこと。

「本当の自分とは!?」と悩むようでは、スターの資格はありません。

神話の人物として、常に求められるキャラクターを演じる。

時代によって変わる価値観にうまく適応する。

そのように、自分を突き放して管理できる才能が必要です。

 

さて、

今回もあんまりナンパとは関係ない感じの内容になってしまいました。

が、どうでしょう。

鍵 英之氏のナンパ本によれば、

ナンパは女の子に一夜の非日常をプレゼントするものだそうです。

ならば、我々も現実と非現実の間の存在として、

かつ、明確な自分を持たず、相手のファンタジーを受け入れる存在として、

彼女たちの前に立つ必要があるのではないでしょうか。

相手に食いつかせるにしろ、

自分はこうで自分はすごい、では全く効かないのは周知の事実ですよね。

仏像のように、キリストの像のように、

相手が勝手に思いを打ち明けて勝手に納得して勝手に感謝されて勝手に跪くようになれれば、

もう、ナンパに言葉すらいらなくなるかもしれません。

 

次回、「非モテ」のキャラクターを紹介したら、

こちらのモテるキャラクター編は終了です。

どうでしょう、いままでに自分が目指すべきキャラクターはいましたか?

次回の「非モテ」は、こうなっちゃイカン!というキャラクターなんで、

Edのようなショボ腕には耳が痛い内容になってしまうかもしれません。

ではまた。


相席屋 やれる

相席屋 やれる

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